“もしも あなたが今  悲しみの中にいて
よるべない不安に 震えているのなら
声にならない声を 今
その見えない涙を 今
わかちあうことが できないだろうか“


さだまさし“Smile Again”より

 

彼女を診察室に呼び入れると、いつものように私は彼女の目の前でPHSのスイッチを切った。

彼女は、診察の途中に入る他の患者様からの電話を、自分の時間が取られると嫌がった。

診察時にはPHSの電源を切って欲しいと言っていたのだ(PHSは切っても卓上の固定電話は鳴るので業務に支障は来さない。)。

PHS電源オフの儀式は、彼女の診察時の お約束になっていた。
 

そんなある日、彼女から電話がかかって来た。診察日以外の電話は初めてであった。

只事ではないと, 急いで電話に出てみると、彼女は泣きじゃくっていた。

彼女は、『今、お話をしていいですか?』と了解を求めた。

私に思いの丈を打ち明けると、安心したのか、いつものトーンになり

『時間を取って済みません。ありがとうございました。』と言って、彼女は受話器を静かに置いた。


 2週間経って彼女の診察の日が来た。彼女の姿を見て、PHSのスイッチを切ろうとしたら彼女は言った。

『先生、電源を切らなくていいです。

皆がどんな思いで電話をしてくるのか、先生とお話をしたらどんなに安心できるのかが分かりました。

お電話が掛かって来たらどうぞ出て下さい。私は待ちます。』

私は黙って,頭(こうべ)を垂れた。


人はみな優しい。優しさ故に傷つく。

傷ついた心では、時に、周りが見えなくなってしまうのだ。


私は、人を見える所だけで評価をしていないだろうか。

その人はそういう人でどうしようもない、とあきらめていないだろうか。

その人が心の傷のために周りが見えていないだけだとしたら…。


未熟….. 。 自分の未熟さに頭を垂れながら,私は祈る 。


声にならない声を,その見えない涙を 診る事ができますように。


15 mai 2013


院長 再拝